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生稲晃子さん(乳がん)

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乳がんを患った芸能人、生稲晃子さん。5年間の闘病の中で2度の再発と5回の手術をうけることになりました。

生稲晃子さん

1968年4月28日うまれ 
アイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバー出身の生稲晃子さん。解散後は女優としての活躍もされていました。
 

生稲晃子さんの乳がんがみつかるまで

平成23年4月28日、まさに43歳の誕生日であるその日にがんの告知を受けることになります。毎年欠かさず自治体の無料検診でマンモグラフィーを受けていましたが、前年の22年は受けるのを忘れてしまっていました。

その後、知り合いにに勧められた人間ドッグを受けて発見されたのです。その人間ドックのおかげで1cmにも満たない小さながんを発見することができたのです。

生稲晃子さんはセルフチェックも行っていたようですが、自身でしこりに触れることはなかったそうです。

セルフチェックが有効な乳がんですが、がんの場所によってはなかなか触れることができないこともあります。

生稲晃子さんの乳がんはまさに真ん中の乳輪の奥の方でみつかったもので、しこりに触れるのは難しい場所だったようです。

乳がんはセルフチェックをしながら、健診を受けるというダブルチェックすることがなによりも大切なのです。
 

生稲晃子さんの闘病生活

初めて見つかったがんは初期のステージⅠ。1cmにもみたない大きさのものだったので、2011年5月、乳房温存手術を受けることになりました。

しこりを含めた乳房の一部分を切除する方法です。

乳頭、乳輪を残した上で、がんを周囲の正常乳腺を含めて部分的に切除し、乳房の変形が極力軽度になるように形を整える手術になります。

参照:http://cure-canser.net/cancertype/nyugan/nyuganchiryou/

手術は成功し、2泊3日の入院ですぐに仕事に復帰することができました。生稲さんは周囲に乳がんを公表していませんでした。

ところが生稲さんのがん細胞は浸潤性乳頭腺乳がんと診断されました。転移の可能性のあるがんです。

手術から1年後の2012年になると、がんの再発が見つかります。その時の手術も部分切除で日帰り手術でした。

しかしそれからさらに1年後、乳がんが再再発してしまうのです。一度は部分切除術を行いましたが、医師からの勧めもあり右胸の全摘手術に踏み切ることになりました。

それと同時に乳房再建術を受けます。皮膚の内側にティッシュエキスパンダーとよばれる組織拡張器生と理食塩水を入れることで、皮膚を伸ばし、シリコンを入れる方法です。

生稲晃子さんは最初のがんの時に放射線治療を受けたため、皮膚がなかなか伸びなかったそうです。そのためエキスパンダーがとても痛くつらかったと話しています。
 

生稲晃子さんの現在

2011年の最初のがん発見から4年8か月に及ぶ闘病生活の中で再建手術を含めた大きな手術を5回、その間にも放射線療法や今も続くホルモン療法などを受けています。

現在はなにもない状況で胸の中に残っているがんはない状態ですが、再発予防のために女性ホルモンを減らす薬を服用中です。

また3か月に一度の健診は欠かさず行っているようです。

生稲さんは自身のがんの経験をいかして講演会などを開いています。
 

早期発見がカギ

乳がんは比較的ゆっくり進行するがんとされ、また予後がいいがんといわれています。

しかしがんの種類には、生稲晃子さんが患ったがんのように転移しやすいものがあり何度も再発してしまうこともあるのです。

どのがんでも共通していえることですが、やはり早期発見がなによりも大事です。発見が早ければ早いほど治療と結果に期待できるのです。

生稲晃子さんは講演会などで「頑張っている自分への年に1回のごほうびとして、乳がん検診を受けてください」と提案しています。