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樹木希林さんに学ぶがんとの付き合い方

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2018年9月15日にこの世を去った大女優、樹木希林さん。

長年がんと向き合いながら生きてきました。

樹木希林さんならではのがんとの付き合い方があったようです。

どのように最期まで自分らしく生きるためにがんと向き合っていたのでしょうか。

樹木希林さんとは

  • 職業:女優
  • 名前:樹木希林(きき・きりん、本名・内田啓子)
  • 享年:75歳
  • 出身:東京都

2003年には網膜剥離を発症し、左目の視力を失いました。また呼吸器系が弱く喘息の持病があったということです。

近年の作品では2015年 映画「あん」で数々の主演女優賞を受賞。

カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた「万引き家族」10月13日公開予定の「日日是好日」にも出演しています。
 

樹木希林さんのがん

2004年10月、60歳過ぎに乳がんが発見されます。

翌年の2005年1月に右乳房全摘手術(がんのできた側の乳房を全部切除する手術法)を受けました。

乳がんは比較的性質の良いがんとされています。優れた検査法や有効な治療手段が多いために早期に発見して適切な治療を受けることで、ほぼ完全に治すことが可能といわれています。乳がんの場合、詳しい検査をして、癌が乳腺の中でどの程度広がっているのか、遠隔臓器に転移しているかについて調べることになります。乳房のしこりの大きさや乳腺の領域にあるリンパ節転移の有無、遠隔転移の有無によって大きく5段階のステージに分類されます。このステージに沿って治療法が変わってきます。乳がんの治療法には手術(外科療法)、放射線療法、化学療法(抗がん剤による治療)、ホルモン療法(内分泌療法)などがあります。個々の患者さんの状態に合ったものを選び、組み合わせて行います。(参照:https://cure-canser.net/cancertype/nyugan/nyuganchiryou/)

樹木希林さんのステージはわかりませんが、乳房の全摘手術によってがんを取り除いたものと考えられます。

しかしながら、乳がんの後に腸、副腎と脊椎に転移が確認されてしまいます。

2013年3月の日本アカデミー賞の授賞式では自身の全身がんを公表していました。

全身がんと聞くと症状がひどくつらそうなイメージを持ってしまいがちです。

ところが樹木希林さんは今まで通りに仕事をこなし、普通に生活しているようにみえました。

乳がんが比較的予後のよいがんであるとともに、転移していたがんもそこまで活発ではなかったかもしれません。

症状があまりあられなかった可能性があります。

そして今年3月には、骨にも転移していたともいわれています。

亡くなる前の約1か月前の8月13日、左大腿骨を骨折し、入院、手術を受けます。

樹木希林さんの娘婿である本木雅弘さんは「全治6週間」と説明したうえで、「持病である気管支喘息やがんの影響もあり、一時は危篤の状態だった」とイベント内で発言していました。
 

樹木希林さんの治療法

がんの治療といえば、三大療法と呼ばれる「手術療法」「放射線療法」「化学療法(抗がん剤)」を組み合わせて行われることが一般的です。

樹木希林さんが右乳房の全摘手術以外の治療法で、樹木希林さんが唯一受けていた治療が「四次元ピンポイント照射」です。

がんに放射線を立体的に当てる「三次元照射」に、”時間軸”を加えたもので世界最先端の放射線治療です。

日本ではまだ九州の病院USAオンコロジーセンターでしか受けることのできない治療法です。

人の体は身動きしなくても呼吸などで常に動いています。同様にがん細胞も休むことなく動いています。

その呼吸による位置変化が時間軸です。その時間軸を追跡し、がん細胞にピンポイントで放射線を照射することで、正常で元気な細胞を傷つけることなく治療できるというものです。

樹木希林さんには合っていた治療法なのかもしれません。その成果が長期にわたりがんと共に生きられた証拠ではないでしょうか。
 

樹木希林さんとがんの付き合い方

樹木希林さんのがんとの付き合い方をみてきました。

がんと付き合っていくと覚悟を決めるひともいれば、手術や抗がん剤を希望するひともいます。

がん治療はひとそれぞれであり、正解はありません。

自分に合った治療法をみつけ自分らしく生きられることがなによりも重要なのかもしれません。

樹木希林さんは自身の治癒力と少しの放射線治療、あとは食事や運動、睡眠などいつも通りに安定した生活を送ることでがんと共に生きていたのかもしれません。